大判例

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東京地方裁判所 昭和45年(ワ)11001号 判決 1972年10月13日

原告

中尾与志男

被告

日本交通株式会社

右代表者

川鍋秋蔵

被告

藤井正明

右両名訴訟代理人

川添清吉

外一名

被告

有限会社八百時商店

右代表者

関根方辰

被告

滝沢新二

右両名訴訟代理人

伊達利知

外四名

主文

一  被告らは連帯して原告に対し金九四万五四九九円および右金員に対する昭和四五年一一月二一日から支払済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は五分し、その一を被告らの連帯負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は主文第一項に限り仮りに執行することができる。

事実

第一  当事者の求める裁判

(原告)

一  被告らは連帯して原告に対し、四〇八万六八一七円およびこれに対する昭和四五年一一月二一日から支払済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

二  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決ならびに仮執行の宣言。

(被告ら)

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決。

第二  当事者の主張

(原告)

一  事故の発生

原告は次の交通事故で負傷した。

(一) 日時 昭和四三年七月二八日午前一〇時五五分頃

(二) 場所 目黒区中目黒三―一―一先交差点

(三) 加害車(甲)

営業用普通乗用車(練五く六〇〇四号)

右運転者  被告 藤井正明

加害車(乙)

軽三輪自動車(品三う四九八六号)

右運転者  被告 滝沢新二

(四) 被害者 乙車に同乗中の原告

(五) 態様 右交差点で甲車と乙車とが接触した。

(六) 傷害 原告は頭部を強打し、鞭打損傷の傷害を蒙つた。

二  責任原因

(一) 被告日本交通株式会社は甲車の保有者であり、被告有限会社八百時商店は乙車の保有者であり、いずれもその使用人をして自己のため右車を運行の用に供していたものであるから自賠法三条の責任がある。

(二) 被告藤井はわき見運転のまま直進し、被告滝沢は赤信号を無視して交差点に進入したため、乙車の左助手席ドアと甲車の前部とが衝突するに至つたものであるから、同被告らは民法七〇九条の責任がある。

三  損害

原告に生じた損害は次のとおりである。

(一) 治療関係費用 六二万円

原告は森山外科医院における入院料、処置料、雑費として三二万円、退院後の通院中の医療費、交通費、薬代、栄養費等として三〇万円余支出した。

(二) 得べかりし利益の喪失  二五四万六八一七円

原告は本件事故当時二八才で、日本通運海運支店にアルバイトとして勤務し、日額平均一六四九円の収入を得ていたが本件事故のため就労不可能となつた。よつてこのため失つた過去および将来(年五分の中間利息をホフマン式計算により控除)の得べかりし利益の喪失分は二五四万六八一七円となる。

(三) 慰藉料 二一六万円

原告は本件事故によつて蒙つた傷害のため、正規の職業に就くことは困難でその精神的損害は計り知れず、又被告らは見舞にも来ず何ら誠意ある態度は示さない。よつて慰藉料として二一六万円を請求する。

(四) 損害の填補

原告は自賠責保険金一〇〇万円、仮処分により被告八百時、被告日本交通から各一二万円(合計二四万円)の仮払を受けたので、右損害額からこれを控除する。

四  よつて原告は被告らに対して連帯して四〇八万六八一七円およびこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和四五年一一月二一日から支払済に至るまで民法所定年五分の割合の遅延損害金の支払いを求める。

五(一)  被告八百時、被告藤井の主張に対する答弁

被告滝沢が赤信号で進入したことは認めるが、被告藤井は乙車に対する注意を怠つて進行したものである。

(二)  被告八百時、被告滝沢の主張に対する答弁

事故当日日曜日で被告八百時の休業日であること当日の運行は被告八百時の業務上のものでないこと、被告滝沢が馬券を買いに行く途中であつたことは認めるが、その余の事実は否認する。原告は神奈川地方公務員採用試験に受験のため同乗したものである。

(被告日本交通、被告藤井)

一  原告主張第一項の(一)ないし(五)の事実は認める。

同(六)の事実は不知。同第二項の事実中被告日本交通が甲車の運行供用者であることは認めるが、被告藤井に過失あるとの点を否認する。同第三項の事実中(四)の事実は認めるがその余の事実は否認。

二  免責の主張

本件事故は被告滝沢が赤信号を無視して進行して来たため発生したもので、青信号に従つて交差点に進入した被告藤井には何ら過失なく、甲車には構造上の欠陥ないしは機能上の障害はなかつて被告日本交通には自賠法三条但書により責任はない。

三  過失相殺の主張

仮りに百歩譲り、被告藤井に何らかの過失ありとしても、被告滝沢の右信号無視は同乗者である原告の指示にしたがつたものであり、そうでないとしても助手席に同乗していた原告は赤信号による停止を助言すべきであるのにかかわらずその処置をとらなかつた過失があるので過失相殺をすべきである。

(被告八百時、被告滝沢)

一  原告主張第一項の(一)ないし(五)の事実は認め、(六)の点は否認する。同第二項のうち、被告滝沢が被告八百時の使用人であり、乙車が被告八百時の所有であることは認める。被告滝沢の過失の態様は否認する。同第三項の事実中(四)の事実は認めるが、その余の事実は否認する。

二  非他人性の主張

本件事故当日は日曜日で、被告八百時の休業日であるところ、原告はその友人である被告滝沢と共に馬券を買うべく、同被告をして被告八百時に無断で、乙車を持ち出させて運転せしめ、自らこれに同乗中本件事故に遭つたものであり、本件事故時の運行供用者は被告八百時ではなく被告八百時の業務に全く関係のないことを知つていた原告自身であつたというべきであるから、原告は自賠法三条の他人に該当しない。

第三  証拠関係<略>

理由

一<証拠>によると、原告は本件事故により鞭打損傷、左胸部、左上肢打撲傷の傷害を受け、森山外科医院、共愛医院、山本医院、小倉病院等に昭和四三年七月三〇日から昭和四六年五月三一日まで治療を受け(内森山外科医院の入院日数四二日、同医院および他の病院等における通院実日数五四九日)、昭和四五年八月一一日付をもつて関東労災病院医師大野恒男から神経症状として総合的に判定して労災一二級に該当する後遺症があると診断されたことが認められ、右認定を左右するに足りる確証はない。

二<証拠>によると次の各事実が認められ、これを左右するに足りる確証はない。

(一)  本件事故現場の状況は凡そ別紙図面のとおりである。

(二)  被告滝沢は乙車を運転しやや下り坂になつている渋谷方面から駒沢方面に抜ける道路を時速約三五キロメートルで下つて本件交差点に差しかかつた。同被告は坂の途中で交差点内の対面する信号を見たところ青信号であつたのでこのまま通り抜けられると判断し、速度を落すことなく交差点に進入しようとしたところ対面信号が黄色に変わつた。しかし同被告は交差点手前で停止せずそのまま通り抜けようとして交差点に進入した。同被告が交差点中央付近に至つたとき信号の表示が変わり、これと交差する道路で信号待ちをしていた車が発進した。同被告は左手一一メートルの地点に被告藤井運転の甲車を発見し、衝突の危険を感じて急ブレーキをかけたが時既に遅く、図面地点付近で甲車と衝突した。

(三)  被告藤井は大橋方面に向け信号待ちをしていたがその右隣りには別のタクシーが停止して信号待ちをしていた。この為右前方の状況が確認しがたい状況にあつた。同被告は信号が青に変るのと同時に、いわゆる信号残りの車があるかどうかを確かめることなく発進したため右方向から進行して来る乙車に気づくのが遅れ、且つ加速している途中であつたため甲車を停車させることが出来ず、乙車の左ドア付近に衝突した。

(四)  甲車の右隣りに停止して信号待ちしていたタクシーは乙車に気づいてこれと衝突していない。

右事実によると、被告滝沢は信号の表示にしたがわなかつた過失があり、又被告藤井も交差点内のいわゆる信号残りの車があることなどに対する配慮を欠き、右斜前方の注視が不十分のまま発進加速した過失があると認められる。

よつて、被告滝沢、被告藤井は民法七〇九条により原告に生じた損害を賠償する義務がある。

次に被告八百時の責任の有無について判断する。

被告八百時が乙車の所有者であること、被告滝沢が被告八百時の従業員であることは当事者間に争いがない原告本人尋問の結果、被告滝沢本人尋問の結果および弁論の全趣旨によると、被告滝沢は被告八百時の住込み店員であること、被告滝沢は凡ね乙車の運転をまかされていたこと、被告滝沢は本件事故前も乙車を自己の足の便として度々私用に使つていたこと、被告八百時では従業員の私用目的運転を禁ずるなどという方法はとられていないこと、本件事故当日被告滝沢は原告宅へ行く前にボーリング場へ行く足として乙車を使用していること、原告が被告滝沢に乙車を被告八百時から持ち出すことを予め命じたり、あるいは懇請したりしたことはないこと、事故当日被告滝沢の方から原告宅に赴き、原告を同乗させたことの各事実が認められる右事実によると被告八百時はその住込店員である被告滝沢に自己の業務にさしつかえない限りかなり自由に乙車の利用を許容しており、少くなくとも事実上黙認していたものと認められる。確かに事故当日が被告八百時の休業日であり、当日の運行が被告八百時の業務と直接関係がないことは当事者間に争いがないが被告滝沢に右のような少くとも事実上の権限を与えていたのであるから、被告滝沢の意思に基づく同乗者である原告をもつて全く自己の予測外の同乗であるとして被告八百時が被告滝沢を通じての乙車の運行支配、運行利益まで喪失したと見ることはできない。よつて、乙車の保有者である被告八百時は自賠法三条の責任がある。

次に被告藤井、被告日本交通の過失相殺の主張について判断する。同被告らは被告滝沢の信号無視は原告の指示によるものである旨主張し、これに添う被告滝沢の供述もあるが、丙号各証の刑事記録、審判調書には右重要な事実についての被告滝沢、被告藤井の供述は何らなく、他にこれを認めるに足りる確証はないので、にわかに右指示の存在を認めることはできない。

又被告滝沢の信号無視を助手席の原告が制止しなかつた点に過失がある旨の同被告ら主張については、確かに好意同乗者については一種の危険の引受けがあり危険な運転を覚知した場合には、これを回避する措置に出ることが期待されるが、前認の定の瞬間的な事故の状況においては原告に回避の措置をとつていない点をとらえても損害全体について過失相殺しなければならない程の落度ありということは出来ず、原告がこのような立場にあつたことを同被告らに対する関係で慰藉料の斟酌事由の一つと見ることができるにすぎない。(本件に於てては被告滝沢、被告八百時に対する関係での好意同乗による慰藉料の減額と同一に斟酌した。)

三次に原告に生じた損害について判断する。

(一)  治療関係費用

(イ)  治療費 三四万七六四〇円

<証拠>から本件事故による傷害により原告は合計三四万七六四〇円の治療費がかかつたことが認められる。

(ロ)  通院交通費 五万四九〇〇円

<証拠>によると原告の通院実日数の合計は五四九日となるところ、この間の通院交通費については原告本人作成のメモがあるだけで、足に怪我をした訳でもない。原告がはたしてタクシーを利用しなければ通院しえない状態であつたか疑問であるとともに、個別に交通費の数額を明らかとする領収証もないので、原告の通院場所と原告の住所、公共の交通機関利用の場合の費用等を考慮し、一日一〇〇円の割合による交通費をもつて本件事故と相当因果関係のある損害と認める。

(ハ)  雑費 八四〇〇円

入院期間中、栄養品その他の雑費が少くとも一日当り二〇〇円の割合でかかることは当裁判所に顕著であるので<証拠>から認められる四二日分をもつて本件事故と相当因果関係のある損害と認める。その他原告は薬品代等の主張をしているがこの数額を知るに足りる確証はなく、又医師の指示によるもの等傷害との相当因果関係を証するに足りる証拠がないので認められない。

(二)  得べかりし利益の喪失

まず原告の収入について判断する。

原告は山下進なる偽名を用いて日本通運東京海運支店に運転助手として日雇をしていたと供述し、それに添う甲第一〇号証を提出している。右が原告自身のものであるかということについては多少疑問がないわけではない。しかしながら昭和四四年度賃金センサスの原告の年令(昭和一八年生れ)の男子労働者の平均賃金は年収七八万四九〇〇円と比較してもこれを、こえるものではないから、特段甲第一〇号証の山下進が原告でないとの反証もない本件にあつてはこの程度の収入はあつたものと認めるのが相当である。そこで甲第一〇号証によると原告の主張の額の日収が(一六四九円)あることが認められるのでこれをもつて原告の収入とする。休業日数については、入院期間中は就業しうる状態になかつたのは明らかであるが、その他の通院期間中客観的に就労しえない状態であつたかという点については原告が定職を有していなかつたことおよび傷害の内容が神経症状にすぎないこと(前掲甲第三号証)から見て疑問を生ぜざるを得ないが、客観的に前記通院実日数分は、通院および治療のために要する時間のために就労しえなかつたと見られるから、入院期間と通院実日数を合算した五九一日をもつて就労しえなかつた日数と認める。後遺症による喪失利益については、甲第三号証から神経症状として昭和四五年八月一一日付をもつて労災一二級の診断がなされているが、甲第三七号証から明らかなとおり休業日数の基礎となつた右通院日数には右診断後の分も含めていること、原告には定職がないため多少神経症状によつて就労に影響される関係にあるとしても、どの程度か把握しえないこと、又甲第三七号証の診療終期は昭和四六年五月三一日で事故後二年一〇カ月も経過し、当初の受けた傷の程度では完治するに十分な期間を経過していることおよび弁論の全趣旨から、原告の勤労意欲、態度に多少欠けている面が認められることならびに神経症状には相当日数を経過することによつて事故とは直接関係のない他の社会的要因、心理的要因の混入してくることに照らすと、原告の後遺症に基づく逸失利益を認めるのは困難と言わざるをえない。

そこで原告の得べかりし利益の喪失分は前記休業日数の限度で認めることとしこれを算出すると九七万四五五九円となる。

(三)  慰藉料

原告の前記傷害の程度、事故の態様、原告は乙車の好意同乗者であること等諸般の事情を考慮すると原告が被告らに対し求めうる慰藉料は八〇万円が相当である。原告は事故当日午前八時から日吉の慶応義塾大学内で行われる神奈川県職員採用上級試験を受ける予定であつたが、時間があつたので渋谷の場外馬券売場に行つたのであり、時計を持つていなかつたため正確な時間は分らないが時間に遅れたのは被告滝沢が道を間違えたためである旨主張するが、そもそも真剣に受験の意思があるのならたとえさそわれたにせよ、時間も確かめずその直前に場外馬券を買いに行くなどの態度自体問題があることと言わざるを得ないところであるが、これはさておき、場外馬券売場のある並木橋から渋谷駅(日吉まで東横線を利用する場合)までは、歩いても一〇分程度の近距離であつて渋谷駅に出るのに道をまちがえるような曲折はないこと、並木橋から本件事故現場までは車で一〇分から一五分の距離であるのに、事故発生時は午前一〇時五五分で、前記八時から三時間も経過していること、甲第四〇号証の受験票にしても神奈川県人事委員会事務局差出人の葉書には消印はなく顔写真もはがされており、必ずしも原告自身の受験票とは確定しがたいことが弁論の全趣旨から認められるので、原告が上級試験を受けることが本件事故のために途絶したことはにわかに認めがたい。よつて受験不能の点は慰藉料の斟酌事由とすることはできない。

(四)  損害の填補

原告が自賠責保険金一〇〇万円を受領していることは当事者間に争いがなく、被告八百時被告藤井から各一二万円(合計二四万円)の仮払を受け、これを本件事故により蒙つた原告の損害の填補にあてることに当事者の意思が合致していることが弁論の全趣旨から認められる。

(五)  認容額

(一)ないし(三)の合計額二一八万五四九九円から(四)の填補額一二四万円を控除すると九四万五四九九円となる。

四よつて原告が被告らに対し連帯して九四万五四九九円および右金員に対する訴状送達の日の翌日である昭和四五年一一月二一日から支払済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は理由があるので認容し、被告らに対するその余の請求はいずれも理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担については民訴法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言については同法一九六条に従い、主文のとおり判決する。 (佐々木一彦)

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